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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [7]




 思わず片手を額に当てる。机に肘をつき、焦る。
 澤村くんは、別にそんな人間じゃない。むしろ、自分に恋の愚かさを教えてくれた人。
 里奈の彼氏だという事実を思うと、恋してしまったコトに恥すら感じる。
 今思えば、それほど傾倒するに値する人間だったとも思えない。なぜあれほどまでに好きだったのか、自分の想いを疑いたくなるくらいだ。
 なかったことにしたくなるくらい。
 澤村(さわむら)優輝(ゆうき)
 どうして自分は、彼のコトを好きになってしまったのだろう?
 瞳を閉じる。

「ちょっとアンタっ! そこで何やってんのよっ!」

 怒鳴り声にすばやく、だがほんの少しだけ首を動かし、瞳だけで対峙する。
 少し目尻の上がった、一重の、少年の瞳。
 その瞳に射抜かれた。
 今思えば、一目惚れだった。
 不覚だ。
 だがそれが真実。
 もう長いこと、その真実に向かい合うことなどなかった。
 こうして澤村という人物を思い返すのは、失恋してから初めてのコトではないだろうか?





 バンッと机を叩く音に、周囲の男子生徒が首を竦める。その仕草に、美鶴はうんざりと口を歪めた。
「私だってねぇ〜 別に怒鳴りたくって怒鳴ってるワケじゃないのよっ!」
「でも、しょちゅう怒鳴ってるよな」
 コソッと耳打ちする男子を()めつけ、腰に手を当てる。
「アンタ達が、掃除当番サボってるからでしょっ!」
「ちょっと準備するのが遅くなっただけじゃないか」
「なによっ サッカーボールなんか抱えて言ったって、何の説得力もないわよっ」
「掃除が終わったら遊ぶつもりだったんだよ」
「そうだよっ!」
 もう一人が口を尖らせる。
「別にサボるつもりなんかじゃないよっ」
「ウソばっかりっ」
「なんだよっ 決めつけやがってっ」
 別の男子が脅すように一歩前へ。だが美鶴には全く通用しない。低い位置からジロリと睨みあげ、その態度に少年の方が情けなく臆する。
「仕方ないでしょ? 一年の時から、スキあらばしょっちゅうサボってるんだから。疑われても仕方ないわよね?」
 そう言われては反論もできない。
 だが相手は女。中学も二年生になれば、体格の差もはっきりしてくる。
 少年たちは、こんな小娘一人に言い負かされるのを良しとせず、何とか言い返そうと口を開いた。
 時だった。
「大迫さん」
 非常に控えめな声をかけられ、美鶴はクルリと振り返る。
「何?」
 相手の少女は何の関係もない。だが、直前までの小競り合いの高揚が余韻として残り、答える言葉に覇気が含まれる。
 勢いに女子生徒はヒクッと肩を震わせ、無言のまま教室の出入り口を差した。
 指先の向こうに、可憐な少女。
「始業式早々、すごいなぁ」
 苦笑する少女に今度は美鶴が口を尖らせ、そのまま軽く片手をあげた。そうして振り返り、少年たちへ言い放つ。
「残り、やっときなさいよっ」
 えー だの ブー だの、不満を爆発させる男子を一喝し
「やっとかないと、先生に言いつけてやるからね」
 と、脅しとも取れるような言葉をトドメに、美鶴は再度振り返った。
「また喧嘩?」
「喧嘩じゃないの」
 諭すような言い草に、相手の少女はまた笑う。
 その華のような笑顔に、美鶴の怒りがスッと和らぐ。
 里奈(りな)はホントに可愛いな。







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