思わず片手を額に当てる。机に肘をつき、焦る。
澤村くんは、別にそんな人間じゃない。むしろ、自分に恋の愚かさを教えてくれた人。
里奈の彼氏だという事実を思うと、恋してしまったコトに恥すら感じる。
今思えば、それほど傾倒するに値する人間だったとも思えない。なぜあれほどまでに好きだったのか、自分の想いを疑いたくなるくらいだ。
なかったことにしたくなるくらい。
澤村優輝。
どうして自分は、彼のコトを好きになってしまったのだろう?
瞳を閉じる。
「ちょっとアンタっ! そこで何やってんのよっ!」
怒鳴り声にすばやく、だがほんの少しだけ首を動かし、瞳だけで対峙する。
少し目尻の上がった、一重の、少年の瞳。
その瞳に射抜かれた。
今思えば、一目惚れだった。
不覚だ。
だがそれが真実。
もう長いこと、その真実に向かい合うことなどなかった。
こうして澤村という人物を思い返すのは、失恋してから初めてのコトではないだろうか?
バンッと机を叩く音に、周囲の男子生徒が首を竦める。その仕草に、美鶴はうんざりと口を歪めた。
「私だってねぇ〜 別に怒鳴りたくって怒鳴ってるワケじゃないのよっ!」
「でも、しょちゅう怒鳴ってるよな」
コソッと耳打ちする男子を睨めつけ、腰に手を当てる。
「アンタ達が、掃除当番サボってるからでしょっ!」
「ちょっと準備するのが遅くなっただけじゃないか」
「なによっ サッカーボールなんか抱えて言ったって、何の説得力もないわよっ」
「掃除が終わったら遊ぶつもりだったんだよ」
「そうだよっ!」
もう一人が口を尖らせる。
「別にサボるつもりなんかじゃないよっ」
「ウソばっかりっ」
「なんだよっ 決めつけやがってっ」
別の男子が脅すように一歩前へ。だが美鶴には全く通用しない。低い位置からジロリと睨みあげ、その態度に少年の方が情けなく臆する。
「仕方ないでしょ? 一年の時から、スキあらばしょっちゅうサボってるんだから。疑われても仕方ないわよね?」
そう言われては反論もできない。
だが相手は女。中学も二年生になれば、体格の差もはっきりしてくる。
少年たちは、こんな小娘一人に言い負かされるのを良しとせず、何とか言い返そうと口を開いた。
時だった。
「大迫さん」
非常に控えめな声をかけられ、美鶴はクルリと振り返る。
「何?」
相手の少女は何の関係もない。だが、直前までの小競り合いの高揚が余韻として残り、答える言葉に覇気が含まれる。
勢いに女子生徒はヒクッと肩を震わせ、無言のまま教室の出入り口を差した。
指先の向こうに、可憐な少女。
「始業式早々、すごいなぁ」
苦笑する少女に今度は美鶴が口を尖らせ、そのまま軽く片手をあげた。そうして振り返り、少年たちへ言い放つ。
「残り、やっときなさいよっ」
えー だの ブー だの、不満を爆発させる男子を一喝し
「やっとかないと、先生に言いつけてやるからね」
と、脅しとも取れるような言葉をトドメに、美鶴は再度振り返った。
「また喧嘩?」
「喧嘩じゃないの」
諭すような言い草に、相手の少女はまた笑う。
その華のような笑顔に、美鶴の怒りがスッと和らぐ。
里奈はホントに可愛いな。
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